日時:2008年9月6日(土)〜9月7日(日)
場所:有珠山・昭和新山
- 一部をのぞき、写真をクリックすると800ピクセルの写真(パノラマ写真は、縦640ピクセル)を見ることができます。
(ただし、JavaScriptの機能を[on]にしている必要があります)
- 一部の写真は、対象物を見やすくするために非劣化のトリミングを施しています。
【プロローグ】
北海道のRikaTan編集委員の方によって企画・準備していただいた【RikaTanわいわい野外教室「有珠山・昭和新山」登山学習会】にはるばる神戸より参加しました。参加するかどうか悩んだのですが、普段は入山禁止の所、登山学習会のために許可をいただいたということなので、思い切って参加することにしました。
【北海道へ入る】9月5日(金)
9月5日(金)に飛行機・JR・道南バス・タクシーと乗り継いで壮瞥温泉(ビジネスホテル・中の島)へとやっとたどり着き、早めに就寝し明日に備えることにした。実際は、PHSでインターネットに接続できず、メールチェックもできず、暇であったのが第一要因であることは間違いない。
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往路 (神戸→新千歳) |
快速エアポート (新千歳→南千歳) |
スーパー北斗 (南千歳→洞爺) |
ビジネスホテル中の島 (素泊まり \5,000) |
【洞爺湖】9月6日(土)
昨日は、夜に到着したため洞爺湖の夜景と花火しか見えなかったので、迎えの車が来るまで、洞爺湖岸辺を植物観察をしながら散策をした。
【スコリア丘】
壮瞥町公民館へと向かう途中、最初にドンコロ山のスコリア丘を案内してもらった。北海道の中学校理科教員のYさんの説明は非常に的確でわかりやすいものであり、地学初心者の私の質問にもていねいに答えていただきました。感謝。
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ドンコロ山スコリア丘 |
スコリア・軽石 |
ドンコロ山より西側を臨む
【壮瞥町公民館】
壮瞥町公民館で、RikaTan誌編集長を初め、北海道・青森のみなさんと合流しました。
この日は、大有珠への登山であるが、壮瞥町教育委員会主催の「こども郷土史講座」に便乗して参加することになっています。そこで、まずは公民館のホールに小学生たちと共に集合し、岡田弘さんより事前指導・注意などを受けました。
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壮瞥町公民館前のナナカマド 真っ赤な実が印象的です。 |
壮瞥町公民館前のナナカマド |
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最初に、有珠山登山学習会の事前説明・注意 |
【北外輪山】
小学生たちはマイクロバス2台に、われわれRikaTan部隊は北海道勢の自家用車に分乗し、有珠山へと目指しました。
途中、北外輪山のところで停車し、2000年の噴火時にできた断層のところで説明がありました。はっきりと断層を見ることができ、草の生えていない所を触ると、「暖かい!!」。これは初体験でとても感動的でした。
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向こうに約70m持ち上がり寸断された国道230号が見える。 手前は、以前は水がたまっていた場所(西山火口群) |
有珠山北外輪山に設置されている太陽電池付きの観測機器 |
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北外輪山から、内浦湾を臨む |
北外輪山から、中島を臨む |
外輪山から、周囲を見渡す。(中島、有珠山)
右端の人のいるところの地面を触ると暖かい
【火山らしさが漂う】
さらに車をすすめると小有珠の麓では、水蒸気の噴気のあがっているところ・立ち枯れた木々など火山の特徴的なものがあちらこちらで見られ、もう興奮状態の私です。
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立ち枯れた木々(小有珠) |
【登山開始、先導隊】
そして、車を駐車させたあと、いよいよ登山開始です。ただし、われわれRikaTan部隊は、小学生たちのために藪を切り開く先導隊としての任務を果たすこととなりました。
われわれの前に立ちふさがる藪とは、オオイタドリ・ウラジロハコヤナギ(ギンドロ)が主です。まさか、北海道に来てオオイタドリをかき分けるとは思ってもいなかった。
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オオイタドリの林 |
ウラジロハコヤナギ(ギンドロ) |
【有珠山は、花の季節】
藪をぬけると、美しい花々の咲くなだらかなルートを登っていくだけですが、もともと道は無いので、どこで穴や段があるかわからないので足下には注意する必要があります。周りには、種子植物・シダ類・コケ類・地衣類といろいろな植物が生えています。
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ヤマハハコ |
ヤマハハコ |
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ヒカゲノカズラから胞子が飛ぶ様子 |
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様々な花が咲き乱れています |
様々な花が咲き乱れています |
【有珠新山の頂上も極めよう】
ここから、小学生たちは銀沼火口の見える稜線へと向かうが、RikaTan部隊は有志(のはずだったが結局全員参加)で有珠新山の頂上まで先に出発して行くことにした。有珠新山の斜面は、防災目的の人工的な段と断層による自然の段があるので足下に注意して登っていきました。稜線までたどりつくと、向こう側は断崖絶壁となっており、登ってきた側の斜面とは雲泥の差であり、びっくりしました。ここまでくると銀沼火口と小有珠を上から眺めることができると聞いたが、ガスが出ていたため、火口の底は見えずに残念でした。
有珠新山頂上までたどりついたあと、稜線沿いにくだり、小学生たちに追いつくことにした。稜線を下っている時、時折ガスが薄くなり銀沼や小有珠を見ることができ、とても良かったです。ただし、この稜線は途中オーバーハングしている箇所があり、縁に寄るのは非常に危険であるとのこと。
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有珠新山を眺める |
有珠新山・頂上 |
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有珠新山・稜線 |
有珠新山・稜線・オーバーハングしている |
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銀沼火口 |
火口原 |
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地層の縞模様がよくわかります |
地層の縞模様がよくわかります |
有珠新山稜線より、銀沼・小有珠を眺める
【大有珠へ向けて】
稜線沿いからはずれ、大有珠へと向かって山の斜面を横切っていきます。道の無い斜面を横切ったことのある人はわかると思いますが、非常に足に負担がかかります。私は靴のひもをゆるくくくっていたため、靴の中で足が滑りさらにしんどかったです。
途中、有珠山由来の溶岩の解説をしてもらいました。有珠山の溶岩は、流紋岩と安山岩の中間的な性質を持つデイサイトで、溶岩の表面が急冷されたために内部との色が異なるということです。
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立ち枯れた木々・1977年の噴火による |
有珠山を構成する溶岩 |
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有珠山を構成する溶岩 |
表面は急冷したため、色が異なる |
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隆起中にこすれた跡らしき筋 |
【大有珠をめざす】
草原地帯を抜けると今度は大きな溶岩がごろごろとする地帯になり、いよいよ大有珠の頂上が近づきます。
大有珠の頂上の付近には大きな変わった形をした溶岩が多く点在します。これが溶岩ドームのなれの果てなのでしょうか。
頂上を超えた向こうには、昼食に最適な場所があり、そこに腰を下ろして食事にした。残念ながら、ガスが濃く、下界を臨むことはできませんでした。
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大有珠を目指して登る参加者 |
大有珠を目指して登る参加者 |
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溶岩が露出する場所に突入 |
ここを超えれば、大有珠頂上が見えます |
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薄くわれている溶岩 |
大有珠頂上 |
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ナワシロイチゴ |
ナワシロイチゴ |
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ネジバナ |
イタドリ |
大有珠より、周囲を眺める(中央が、大有珠頂上)
【小学生は好奇心旺盛】
途中、小学生が白骨があるということで見にいきますと、キツネの頭骨がありました。おそらく、フクロウか何かの鳥が運んで来たのだろうということです。
また、普段は見かけないワラジムシが普通にわさわさいるのが不思議でした。
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キツネの頭骨 |
ワラジムシ |
【下山は速し】
下山を開始すると、岩肌に下山の方向を示す矢印が書かれていました。反対側に降りると下山が困難になるためとのことです。途中、オオイタドリやウラジロハコヤナギをかき分けながらも、まっすぐに車を駐車している場所へとどんどんと降りていきました。あっという間に下につく感じがしました。
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表面は、酸化のため赤くなっている 矢印は下山方向の目印 |
コケ類でふわふわの地面 |
【金毘羅火口群】
金毘羅火口群上部で下車し、そこから徒歩で洞爺湖ビジターセンターまで歩きました。
まずは、2000年に噴火したばかりの「有くん火口」「珠ちゃん火口」の見学をしました。何といっても町のほんとうにすぐ側で噴火したことに対する驚愕の事実です。これだけは、自分の足と目で確認しないと本当の怖さは伝わらないでしょう。
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立ち枯れた木々(金毘羅山) |
金毘羅火口群周辺の立ち枯れた木々(2000年の噴火による) |
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金毘羅山の谷から洞爺湖温泉街・中島を臨む |
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正面が金毘羅火口群の一つ、有くん火口 |
有くん火口に縁まで登る参加者 |
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金毘羅山西側谷の砂防ダム |
砂防ダム中央部分 |
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珠ちゃん火口南側の立ち枯れた木々のある山 |
有くん火口から珠ちゃん火口を臨む |
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珠ちゃん火口のすぐ側にある洞爺湖温泉街 温泉街手前には、2000年噴火による被害にあった桜ヶ丘住宅が見える。 |
有くん火口 part1
有くん火口 part2
砂防ダム下から、洞爺湖温泉街と有くん火口を眺める
珠ちゃん火口 part1
珠ちゃん火口 part2
【道には】
道のそばには、ウドが花を咲かせ黒い果実がなっていました。そして、またまた、道の真ん中にみんなが集合しているので何だろうと思いいくと、今度は鳥のペリットを取り囲んでいました。「おおっ、骨がそのまま残っているいい感じ」なので思わず、シャッターを押してしまいました。私は、基本的に植物専門なんですが、今回は、フンやらペリットやら他のものの写真の収集が増えてしまいました。
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ウド |
ペレット(おそらくネズミ) |
【砂防ダムを超えて】
火口を過ぎると、2000年の噴火で被害にあった、寸断された国道230号線などを横切り、真新しい砂防ダムを超えながら歩きました。火山による被害の大きさを自分の体を通して実感できました。また、人工物に対し、自然の回復力・たくましさもよくわかりました。
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寸断された国道230号 |
国道230号沿いの立ち枯れた木々(2000年噴火による) |
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4重の砂防ダム |
噴火遺構 正面右が「桜ヶ丘団地」、正面左が「やすらぎの家」 |
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砂防ダムが洞爺湖温泉街を守る |
泥流の流れをコントロールするための「流路工」 |
【金毘羅火口災害遺構】
桜ヶ丘団地の保存では辛いから置いておかないでという話もあったということですが、保存されていたおかげで写真などよりも火山による被害の恐ろしさを実感できました。ここはじっくりと見て回ることができてとてもよい体験になりました。
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やすらぎの家 |
やすらぎの家 |
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やすらぎの家 |
やすらぎの家 |
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泥流で埋まった「やすらぎの家」 |
泥流で埋まった「やすらぎの家」 |
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泥流により浮いて流された「木の実橋」 |
木の実橋 |
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泥流により浮いて流された「木の実橋」 |
木の実橋は、手前の桜ヶ丘団地に激突した |
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桜ヶ丘団地 |
桜ヶ丘団地 |
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木の実橋がここに激突し、橋が直立したという |
桜ヶ丘団地 |
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噴火による被害の大きさがわかる |
一階部分は全て泥流により埋まっている |
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一階の部屋の中にも泥流が流れ込んでいる |
北側の火口の反対側の出入り口にも泥流がある |
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5階の部屋には噴石による穴があいている |
北海道教員保養所跡地・1977年の噴火により閉鎖 |
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ゆかりの碑 |
ゆかりの碑 |
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ゆかりの碑 |
碑の全景・2000年の噴火時には熱泥流の直撃を受けたにもかかわらず奇跡的に損傷がなかった |
【洞爺湖ビジターセンター】
金毘羅山麓にきれいな建物があり、側には太陽電池が並んでいました。また、今回は入館しませんでしたが火山科学館を併設しています。ビジターセンター自体は無料で利用できます。
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正面が、「洞爺湖ビジターセンター」 |
洞爺湖ビジターセンター |
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洞爺湖ビジターセンターの中にある、床一面にある空撮 |
洞爺湖ビジターセンターの中にある、床一面にある空撮 |
【実験教室】in 大和旅館
夕食・懇親会後は、北海道勢によって準備していただいた実験教室の開幕です。
今回のお題目は、『ガラス管によるマドラー作り』『セイヨウミツバチの標本』である。
『ガラス管によるマドラー作り』
実は、私は初めての作成である。
- ガラス管を適当な長さに切る
- トーチでガラス管をあぶり真っ赤になってしばらくしたところで、火からはずす
- 他端からゆっくりと息を吹き込み、ふくらませていく
- 冷やしてから、中に砂を入れる
(私は、青野さん持参の珊瑚・貝の細かくなった砂をいただいた)
- 今度は、あいている端をトーチで熱して穴がふさぐようにする
- 最後に、すっと炎の中で押すようにすると、ガラス管内の空気が熱せられて、向こう側の端も丸くふくらむというアドバイスを加藤さんよりいただいた。
(私にはできなかった(^^ゞ)
『セイヨウミツバチの標本』
- ハチの巣、ハチの巣に石膏をつめたもの、蜜蝋、ミツバチをエタノールで固定したものを用意する。
- それぞれのパーツをケース内にホットボンドで固定していきます
- ラベルを貼って完成
【昭和新山】9月7日(日)
いよいよ、今日は昭和新山登山です。わくわくしながら起床すると、外は生憎の空模様です。昨晩はかなり雨が降りましたが、その名残がまだあり、ぱらぱらと降ったりやんだりの天気です。
早速、集合場所の昭和新山麓の駐車場まで車で分乗して行きました。
車を降りると、教科書に出ているあの昭和新山が目の前にありました。いゃあ、やっぱり本物はいいものです。
ぱらぱらと雨が降ってくるし、登山中にも草や木があるということで、服がびしょ濡れになる可能性を考え、レインスーツを着用し、昭和新山登山の準備を整えました。
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駐車場から昭和新山を見る・生憎の雨模様 |
駐車場から昭和新山を見る・噴気がよくわかる |
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昭和新山・ふもとの芝生 |
有珠山へあがるロープウェー |
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昭和新山・麓の芝生と土産物屋 |
昭和新山
【いよいよ、登山開始】
最初に、昭和新山の所有者である三松三郎さんより事前レクチャーを受けました。
登り始めるとすぐに、地温を測る場所に到着しました。測定すると何と84℃を指しており、びっくりしました。その周りの石をよくみると、円礫が多くどう見ても河原にしか見えません。
このあたりを長流川が過去に流れており、昭和新山の隆起した証拠であるということです。納得の事実です。
また、まわりに煉瓦色の石がころがっており、これも昭和新山生成時の熱により泥などが煉瓦なったということです。
「お〜っ、これが昭和新山の赤い理由か」と納得しました。
さらに、どんどんと登っていくと、あちこちに地熱帯があり、水蒸気の噴気が立ち上っています。「まさに火山に登っているんだ」という実感がわきました。また、噴気孔のまわりには硫黄が析出していました。
昭和新山自体が地震の影響もありだいぶん崩壊しているので、隆起した時の擦痕がついた岩が少なくなってきたらしいが、雨のおかげで鏡面らしい岩の発見もできました。
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煉瓦色をした地層・よく見ると円礫(河原にあったと考えられる)が見える |
地温を測定中 |
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84℃と高い |
転石・うまく乗ったものです この2つの岩で人の身長程度あります |
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硫黄が析出している |
硫黄が析出している |
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鮮やかな赤色の岩 |
赤色の斜面 |
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隆起時にこすったと考えられる鏡面・擦跡 |
【亀岩 到着】
いよいよ、亀岩に到着しました。
まずは中島を眺め、一昨日宿泊したホテルを見ることができました。
そして、亀岩とご対面です。私の第一印象は、誰か人間が作成した人工物ではないのかということです。
しかし、確認すると間違いなく自然物ということで、ますます驚きが強まりました。このような形のもの、亀の甲羅のように割れ目のある表面が自然にできるとはやはり自然はすごいなと思うばかりです。
昭和新山では、この当たりが一番地温が高いということで測定すると、100℃を超えました。以前は、もっと高かったらしいのですが、年を経るにつれだんだんと下がりつつあるということです。亀岩の周りでは、水蒸気の噴気があちこちでたちあがり、硫黄も析出しており、地温の高いところが多くありました。また、少し硫化水素らしき臭いもありました。
ちょっと休憩と思い、岩に座るとあたたかいではありませんか。思わず、熱さを確認するために立ち上がって素手で触ってみたぐらいです。
活動停止したとはいえ、火山の脈動を感じた瞬間でもありました。
昼食用にと、用意していただいた「卵」「フランクフルトソーセージ」を噴気孔の穴の中に入れてビニールカバーをして、重しとして板を置きました。
そして、蒸している間に、頂上アタックをすることになりました。
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亀岩付近から見る中島 |
亀岩に到着 |
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亀岩・付近はあちこちで噴気が立ち上がる |
地温は、99℃ |
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この穴で食材を加熱します |
亀岩・自然にこの形ができたとは信じがたい |
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ゆで卵を作ります |
ビニールで覆います |
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さらにその上に木材を乗せます 後は、待つだけ |
亀岩から、中島・壮瞥町を眺める
【頂上アタック】
卵などの食材のセットも終わり、いよいよ、頂上アタックへと向かいました。
荷物は朝食場所の亀岩に置いて、身軽になって登頂することにしました。
赤い岩肌を見ながら、ごつごつとした岩場や足場を切った斜面を足の置き間違えのないようにしながら、登っていきました。
稜線まで登り切ると、向こう側は切り立った崖になっていてこちら側からしか登れないようです。
すぐそこに頂上があるので頂上にたどりついた記念にタッチして、少し平らな場所のある稜線へと降りました。
ここからは、東西の両方が一望できるはずでしたが、残念ながらガスのため時折一部しか見えなかったのが残念でした。
頂上で記念撮影するはずでしたが、ご覧の通り、この人数では頂上付近に全員立つことはできず、断念しました。
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頂上アタック開始 |
周辺は赤い岩肌・昭和新山が赤い理由がわかります |
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頂上に向けて |
頂上に向けて |
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頂上を越えた向こう側の稜線 |
昭和新山・頂上付近稜線より下を臨む |
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セグロセキレイがやってきました |
ウサギのフン |
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ヤマハハコ |
ウンラン |
昭和新山360度展望・中央の人のいるところが頂上です
昭和新山・稜線より東を眺める
昭和新山・稜線より西を眺める
【亀岩をめざして下山】
昭和新山の頂上を極め、ゆっくりと周りの景色を堪能して(ガスが多く見通しも悪く残念だったが)、おなかも空いたことだし亀岩へめざして下っていきました。
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亀岩に向かって下山 |
もう少しで昼食 |
【亀岩にて昼食】
早速、頂上アタック前にセットした卵とソーセージを取り出しました。見事にできあがっていました。
しかも、持ってきてもらった卵は何と全て双子であるという私には驚きのものでありました。
やっぱり、山で食べる弁当のおいしいこと。しかも、双子のゆで卵とソーセージという食材付き。
食材を加熱するのに使用したビニールシートや木材は、最初からこの亀岩に常備されているものです。後片付けは次の人のためにきちんとしておきましょう。
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全てが双子卵 |
亀岩の周りで昼食の風景 |
【亀岩周辺】
食事も終わり、周辺の様子を観察したところ、ゆるかやな斜面では草が生えており、生命の息づかいが感じられました。
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少し緩やかな斜面には草が生えています |
【下山に向け、出発】
洞爺湖を見ると、きれいに雲底がそろっているのが見えました。「雲のでき方の教材に利用できそう」なんて思ってしまいました。
途中、斜めに傾いた地層や擦痕のある岩石などを見ることができ、やはり昭和新山は地層を隆起させながら成長したことがよくわかります。
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本当に赤いですねぇ |
洞爺湖の反対の山を眺めると、雲底がそろってます |
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斜めに傾いた地層が見えます |
おそらく擦痕でしょうか |
【平気でヘビをつかむ子ども】
子どものシマヘビを発見。早速、私はシャッターを押ました。
同行の子どもは何のためらいもなくしっぽをつかんで捕まえてしまいました。これにはとても驚きました。
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シマヘビの子どもか |
早速捕まえて、確認 |
【昭和新山・溶岩ドーム】
下山の途中から、逆へとまわってグレン谷へといくと、昭和新山の本体である溶岩ドームを見ることができました。他の部分は、旧有珠山の外輪山の構成部分ですが、ここだけは、デイサイトである青灰色の溶岩が見られます。
溶岩ドームを見てみると、タマネギの皮がむけるように崩落しているようです。
見る方向によって見える姿は変わるというのが実感できました。
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昭和新山・本体の溶岩ドーム |
昭和新山・本体の溶岩ドーム |
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昭和新山・本体の溶岩ドーム |
昭和新山本体のデイサイトの溶岩 |
地熱地帯 再び
溶岩ドーム麓を登っていくと、再び地熱地帯があり、あちらこちらで水蒸気の噴気があがっています。
ある場所は、シカの毛があることからシカが寝床にしているとのこと。
また、地熱で熱いのにもかかわらず、やわらかい地面の上にシカの足跡らしきものが見つけました。
「シカって熱くても平気なのか」との話題も出ました。
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噴気があがり地温が高いため、シカが寝床にしているらしい |
壁面から噴気があがる |
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地温が高く噴気があがっているが、シカの足跡らしいものが |
【下山完了】
楽しい昭和新山めぐりもおわってしまい、駐車場に降りてから再度、自分が登った昭和新山を眺めました。
ハプニング
- 途中、休憩して出発しようとした所、私はリュックなどを背負いながら目の前の大きな岩をまたごうとしたところ、疲れからか自分は十分に足をあげたつもりがあがりきらず、岩につまづき、みんなの見ている前で見事にすっころびました。
(幸い、ケガは無かったが、顔から火が出るぐらい恥ずかしかったです)
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下山後、昭和新山を見る |
下山後、昭和新山を見る |
【三松正夫記念館】
三松さんに記念館の前で、写真をみせていただきました。最初、意味がよくわからなかったので、「この写真はいつのですか?」なんてとんちんかんな質問をしてしまいました。「いや、今日のですよ!」。
ここで納得。今日、登っている時の写真で、写っている米粒のような人影は自分達であることに気がつきました。
思いもしなかったすばらしいお土産に感謝感激です。
折角なので、記念館を拝見させていただきましたが、三松正夫さんのすばらしい功績にただただ感動するばかりです。
また、機会を設けて必ずやってこようと思いました。
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三松正夫記念館 |
【エピローグ】
列車の時間があるので、後ろ髪を引かれる思いで三松正夫記念館を後にし、帰途につきました。
本当に今回も北海道勢の善意に支えられ、登山学習会が楽しく有意義なものに終わり、とても感謝しております。お世話をしていただいた方々、本当にありがとうございました。
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洞爺駅 |
スーパー北斗 (洞爺→南千歳) |
快速エアポート (南千歳→新千歳) |
南千歳駅に停車中だった昔なつかしい SL C11 「夕張応援号」 |
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